黒猫ルルにゃん17
あの時…ルルーシュの衝撃的な言葉により、再起不能になったかと思われたルルーシュの異母兄…シュナイゼルは…。
「ロイド!私のルルーシュはどこへ行った!!」
もの凄い剣幕でロイドの職場に乗り込んできていた。
そして…
「まぁ…シュナイゼル異母兄さま!ルルーシュは私のルルーシュです!ルルーシュにあんな事とか、こんな事とか、あまつさえそんな事までしていいのは私だけです!」
「シュナイゼル異母兄さま!ユフィ異母姉さま!全力で間違っています!お兄様は私のお兄様です!ユフィ異母姉様…思いっきり物騒な発言をかまさないで下さい!」
「何を云っているの!ナナリーだって同じ事を考えているくせに!」
「いいえ!私はそんな事を考えてはいませんわ…。ただ、お兄様が眠っている時…猫の姿になってパジャマの中にコソコソっと…」
「おや…ナナリー…君は意外といい事を思いつくんだね…。私もそれをしてみたいね…」
とまぁ…完全に煩悩を吐きだしている状態となっていた。
尤も、シュナイゼルに関しては、今のところ、ロイドにルルーシュの行方を訊ねているだけで、煩悩を暴露はしていないのだが…。
物騒な発言をかましているのはユーフェミアとナナリーだ…。
「ナナリーったらズルイ!私もそれをやりたい!」
既に話しの種子が変わっている様である…。
そのうるさい云い争い(?)を背後に聞きながら…。
ロイドはルルーシュが作って置いて行ったプリンの最後の一つに手をつけようとしていた。
プリンと云うのは市販のぷっちんプリンならともかく、手作りのプリンの賞味期限は非常に短い。
前日にルルーシュがスザクに休みをくれたお礼と云う事でルルーシュがロイドの為に10個、プリンをおいて行ったのだが…。
一晩で残り一つとなっていた。
「ん…この匂いは…」
シュナイゼルがどうやらプリンの匂いに気づいたらしい。
人間であるセシルは驚いた顔を見せるが、猫の嗅覚は人間の嗅覚よりも遥かに鋭いのだ。
「あ…これはルルーシュのカスタードプリン…」
「お兄様のプリンですか?あ、ロイドが持っています!」
「ゲッ…」
このメンツが揃っている中で食べようとしているロイドが間抜けなのだが…。
ロイドがそのプリンを守る様に3人を恐る恐る見ている。
ルルーシュの手作りプリンはここには一つしかない。
昨夜、ロイドは一人で9つ食べてしまっていたのだ。
何故、この時間に1つだけ残っていたのかと云えば…。
単純に仕事で呼び出しをくらったからであり…実は、楽しみを先延ばしにされそうになったところをセシルに首根っこを掴まれてずるずると引っ張って行かれたのだ。
そして、ようやくありつけたプリンだから…守る為に必死である。
気持ちは解らないでもないが…このメンツがいる中で食べようと思うこと自体、少々無理があるのではないかと云うツッコミは敢えて、明後日の方向に追いやっておこう。
「ロイド!私のルルーシュを隠した上に更にはルルーシュ手作りのプリンまでも一人占めしようと云うのか!」
「ロイド!貴方は皇族に対して逆らうのですか?」
「それは…国家反逆罪に問えないんですか???」
3人が好き勝手な事を云っている。
こう云った時にこの発言を一つ一つ実行されていたら、恐らくロイドは100回死んでも足りないだろう。
今更なので、ロイドも動じないが…そんなロイドにセシルが一喝入れる。
「ロイドさん!あんまりバカな事ばかりしているとプリンは没収です!」
その一言で、ロイドは押し黙り…。
セシルのそのオーラを見た皇族3人…ポカンとその姿を見ていた。
職場ではそんな騒ぎとなっていたのだが…。
当のルルーシュとスザクは…。
大掃除の疲れでそのまま寝てしまったらしく…到着当日はとりあえずルルーシュを溺愛する異母兄妹達にとっては『事なきを得た』ようである。
とはいっても、まだ二日目だ…。
スザクがそんな風に構えていたら、さっさと1週間など過ぎ去って行くだろう。
ただ…今回は天もスザクに味方をしたらしい。
「みゃあ!」
そう云って寝室のベッドから這い出てカーテンを開けたルルーシュがまだ、ベッドにもぐりこんだ状態のスザクに声をかけた。
一応、解説すれば、この寝室には二つのベッドがあり、ルルーシュが窓側のベッドを使い、スザクが廊下に続く扉側のベッドを使っていたわけだが…。
「ん…どうしたの…?ルルーシュ…」
「みゃあ!みゃあみゃあ!」
ここは山間部の別荘地…。
平地よりも冬の訪れは早い。
そして、今年はラニーニャ現象と恐らく、地球規模の異常気象によって夏が長く、秋はあっという間に消え去ったと云う…中々寂しい年ではあったのだが…。
ルルーシュの声に促されて外を見ると…
「ああ…雪だね…。僕、多分、この時期に雪を見るのは初めてだな…。この辺り、冬が早いとは聞いていたけれど…今年は変な気候だったからかな…」
スザクがそう云いながらルルーシュの後ろに立った。
窓からはひんやりとした空気を感じる。
いくら暖房があるとは云っても、パジャマ姿で外は雪が降っている状態で窓際に立っていたら寒いに決まっている…。
「ルルーシュ…そんなカッコで寒いだろう?それにこれだけの降りだと…お昼頃には地面も白くなるかもしれないよ…」
「みゃ?みゃみゃあ…。みゃあ…」
ルルーシュがスザクに促されつつも…何となく名残惜しそうに窓を見ながらそんな事を云った。
「東京じゃ、滅多に雪なんて降らないしね…。ルルーシュはあの時、どのくらいこの世界にいたの?」
「みゃあ…。みゃあ…みゃあ…」
考え込んでいるそぶりを見せて…。
そして、スザクの手に『紅葉は見た』と書いた。
「そっか…あの時点でこっちに来てからそれほど経っていなかったって事か…。まぁ、あの状態では放っておいたらルルーシュ…飢え死にしていたかもしれないもんね…」
スザクは自分でそこまで云って…さぁ〜〜〜と青ざめてきた。
―――もし…僕がルルーシュと出会わなかったら…世知辛いこの日本の中でも更に世知辛い東京では…
そう考えると、あの時、驚きはしたものの、ルルーシュを連れて帰った自分を褒めてやりたくなった。
「あの時の僕…偉いぞ…。良くやった…」
口の中でぼそりと呟いた。
「みゃ?」
ルルーシュがスザクのその一言をきちんと聞いていたかどうかは知らないが、怪訝そうにスザクを見た。
「ううん…何でもないよ…」
スザクが適当に笑って誤魔化した。
外の天気は…どんどん雪が強くなって行っている。
「みゃ…みゃみゃあ…。みゃあ…」
ルルーシュが外を見ながら不思議そうに何かを云っている。
何か、納得できないと云った感じなのだが…。
恐らく、ルルーシュは、ネットか何かで『雪』の資料を見たのだろう。
そして、ルルーシュにしてみると、何となく違うと云いたいと判断した。
雪と一口に云っても霙の様な水っぽい雪であれば、粒が大きく、そして落ちたらすぐに消えてしまう。
しかし、粉雪の様な雪は粒が小さい。
そして、その粉雪に近い雪は解けにくく、積り易い。
今降っている雪は…どうやら、積もるタイプの雪らしい…。
「ああ、それは上空の気温の問題もあると思うんだけど…雨粒が凍って雪になるんだけど、気温が高めであれば雪は落ちてくる間に水っぽくなって、低いと凍った状態でさらさらした雪になるんだ…」
「みゃあ…みゃみゃあ…」
ルルーシュがスザクの言葉にそう返した。
何を云っているのか、良く解らないけれど…。
そう云えば…初めて会った時にはルルーシュは猫の姿で…。
でもって、猫の姿のまま食べ物を強請ってきた…。
人間の言葉で…。
それが…今は一緒に暮らして…ルルーシュは人間の事をちょっと勘違いしながらも、頑張って勉強して、スザクと一緒にいる為に色々してくれている。
「ルルーシュ…雪は初めてなの?」
スザクがそう訊ねるとルルーシュはこくこくと頷いた。
きっと、ルルーシュの暮らしている『猫帝国』とやらは温暖な気候なのだろうと思った。
「じゃあ…こう云う寒いのって…辛いと思う事はある?」
スザク自身、一体何を訊いているのだろうと…思いながら、質問を続けている。
その質問にはルルーシュはふるふると横に首を振った。
「どうして?」
ルルーシュのその返事にスザクがそう、訊ねた。
猫の鳴き声しか音に出す事の出来ない今のルルーシュに…。
スザクに解る言葉で答える事が出来ない事を解っているのだけれど…。
思わず訊ねてしまった。
スザクの解らない言葉で話す時のルルーシュだから…訊けた事なのかもしれない…。
暫くの沈黙が続く。
スザクはルルーシュが困ってしまっているのだろうと…そんな風に思っていたが…。
「……から…」
今、言葉を出したのはスザクではない。
スザクは声を出していないのだから…。
しかし…猫の鳴き声以外の『言葉』を聞いた…。
「え?」
スザクが一瞬止まって、やっと出てきたのは、ひらがな一文字だった。
「…って…スザクの…傍にいれば…温かいから…」
その先に続いたルルーシュの言葉は…。
ここまで、ルルーシュが猫の鳴き声しか出せなくなってしまったのは、スザクの所為だと云う思いがあっただけに…。
スザクは動きを止めた。
「ルルーシュ…?」
恐る恐る、スザクがルルーシュの名前を呼んだ。
「あ…俺…」
どうやら、ルルーシュも気付いていなかったらしく…本人も驚いている様子だ。
二人の間にある空間は約1.5メートル…。
その空間に…静寂が訪れた…。
その時間が一体どれほどの時間なのか…。
長いようにも…短いようにも…感じてしまうその時間…。
先に動いたのは…
「ルルーシュ!」
そう、ルルーシュの名前を呼んでその二人の間の距離を簡単に狭めて…。
そして、抱きしめたスザクだった…。
人間の姿でも…きっと苦しい程の力で…。
その時のスザクに、その力加減を出来る程の精神的余裕はない。
自分が何を考えているのかも解らないし、何を感じたのかも解らない。
ただ…ルルーシュの細い身体を力いっぱい抱きしめていた。
そして、抱きしめられているルルーシュに伝わる…。
スザクの身体の震え…。
小刻みにスザクの身体が震えている事が解るし、泣きそうになって我慢していて、逆に嗚咽が我慢できなくなっていると云う…。
そんな感じに思えた。
そんな状態のスザクに…スザクの力で力いっぱい抱きしめられて、苦しいし、接触している部分は相当痛いのに…。
でも、ちょっとの間だけ…ルルーシュはそんな状態にある事を体で感じる事が出来なかった。
ただ、ルルーシュの身体に触れているスザクの身体が震えていて、力いっぱいルルーシュの身体を抱きしめていると云う事だけは…きちんと解るが…。
苦痛を感じる事はなく…。
スザクのぬくもりとスザクの気持ちをひしひしと伝えて来るその震えと必死にスザクが我慢している嗚咽を感じていた。
「ルルーシュ…ルルーシュ…」
スザクがやっと、声を出したかと思ったら…ただ、ひたすらルルーシュの名前を呼び続けていた。
ずっと、心配していたのは知っている。
頭の中で理解していた。
でも、こんなに全身で感じさせるのは…。
スザクの中で緊張の糸が切れたからなのかもしれないと…ルルーシュはぼんやり思った。
普段であれば、これだけ強い力で抱きしめられていたなら、痛みとか、息苦しさとか、感じている筈なのに…。
でも、今はそう云った物は一切感じる事が出来なかった。
そして、ルルーシュが自分の両腕をそっと持ち上げて…スザクの背中にまわした。
背中にまわした腕から更にスザクが震えていて、嗚咽を漏らしている事が良く解った。
「ごめん…スザク…。心配…かけた…」
ルルーシュが小さくそう云った時…初めてスザクの抱きしめているその力が強過ぎて、呼吸がうまくできておらず、声がうまく出て来ない事に気が付いた。
「違う…ルルーシュの所為じゃない…。僕が…僕が…」
これほどまでにスザクは自分を責めていたのかと…初めてルルーシュは知った。
そして、少しだけもがいて、スザクの腕を緩めて欲しいと云う意思を伝える。
その事から、スザクは少し不安になった様で、顔をみるとすごく不安そうな顔をしている。
ルルーシュは少しだけ困った顔をしてスザクの頬に流れている涙をぺろりと舐めた。
スザクの表情が不安そうな表情から、驚いている顔に変化する。
そして、何かを耐えているような表情になる。
「スザク…?どうした?どこか…痛いのか…?」
ルルーシュの子供みたいな質問…。
普段ならここで止める事が出来たのに…。
今は…。
「ごめん…ルルーシュ…」
そう云って、スザクがルルーシュの身体をふわりと持ち上げた。
そして、先ほどまで眠っていた寝室へとルルーシュを運んで行く…。
流石のルルーシュも…スザクが何を考えているのかが解り…胸がドキドキし始めていた。
先ほどまでスザクが眠っていたベッド…。
二つあったとはいえ、二人で眠っても大丈夫なほど大きなベッドで…。
ビジネスホテルなら普通にダブルとして利用されている様な大きさだった。
そのベッドの上にルルーシュをそっと下ろした。
それこそ、大切な…壊れものを、クッションに置く様な…そんな感じだ。
スザクの表情は…。
―――こんなスザクの顔…見た事無い…。
そんな風に思えるほどその顔は…真剣で…。
と云うか、いつもルルーシュの心配をして説教する時の真剣な顔ともちょっと違うと思った。
なんだか…怖いと思えてくるような…。
そんな表情…。
さっきまで泣いていたのに…と思うが…。
「ルルーシュ…この先…ずっと…僕と一緒にいて…。僕と一緒にこの世界で泣いたり、怒ったり、笑ったり、時にはけんかしたり…。そんな風にしたい…。だから…僕とずっと一緒にいて下さい…」
ルルーシュの上に覆い被さる様な体勢でスザクがルルーシュに告げている。
まるで、逃げる事は許さない…もし、断る様な事をしたらルルーシュが『はい』と云うまでそこを動かないし、ルルーシュも動かさない…と…。
無言でそう云っている様な表情だ。
敬語を使っているくせに…雰囲気が命令的である事に…ルルーシュの身体がふるりと震えた。
返事をしなければ…と思うのに…。
スザクのその、これまで見た事のないまなざしにルルーシュは言葉を紡ぐ事も、こくりと頷く事も出来なくなっていた。
「ルルーシュ…返事は…?」
スザクはそんなルルーシュの事情を知ってか知らずか、中々返事が出来ずにいるルルーシュに訊ねてきた。
―――答えたいのに…。俺、スザクと契約して、一緒にいたいって…そう云いたいのに…。
ルルーシュの頭の中ではそんな焦りで満たされている。
こんなスザクを見るのは初めてだったから…と云う事もあるかもしれないし…。
まるで予想外の状態で、ルルーシュの優秀な頭もうまく機能していない様である。
何となく察したのか…スザクがクスッと笑った。
「じゃあ、これから、僕がルルーシュにキスするから…もし、『はい』って事だったらちょっとだけ口を開いて…。口を開かなかったら…僕がこじ開けてあげるから…」
云っている事がむちゃくちゃだ…。
ルルーシュはそんな風に思う。
ルルーシュの意思なんて聞くつもりはないと…はっきりそう云っているのと同じだから…。
でも…いつもと違うスザクに…胸がドキドキしているのは解る。
そして…スザクがルルーシュの両頬をスザクの両手で包みこんで…。
ルルーシュの唇にスザクの唇が重なった…。
ルルーシュの答えなんて決まっていたから…。
最初から…その答えの状態になっている。
―――なんで…目を閉じているんだよ!
心の中で悪態づきながらも…ルルーシュにとって、初めての『恋人』のキスを…受け入れていた…。
最初は悪態づく余裕があったルルーシュだが…スザクのその口付けに頭がぼんやりして来て…。
自分自身も目を閉じてしまった事に…。
気付いていたのか、いなかったのか…。
知る術はないのだが…。
ただ、ルルーシュはスザクのキスをひたすら…『OK』の返事の状態で受け入れていたのだった…。
END
続きを読む